【謎の「夏のせいで」】

眩暈がしそうな程高い塔の中に居た。硝子の窓から差す茜色と、強烈に燃え上がる初夏の西日。
椿明は此の部屋が最上階であると認識し、自分が膝立ちしているベッドの上に身を投げ出した卜部美琴へ視線を遣る。
彼女の右頬は灼けそうに照らされ、灯のない部屋の中でハイコントラストに映える。

「椿くん……」

おいで、と手を伸ばした卜部に向き合う椿は、いつも見慣れているセーラー服のスカーフを少し乱暴気味に引張り枕元に投棄て、
震える手でファスナーを開いてゆく。

あと5センチ。卜部は何も言わずに椿を眺めている。
あと3センチ。ふと卜部の内股が締まる。
あと1センチ。卜部の頬が更に紅く染まる。

最後にホックを外そうとした時、目の前に白く弾け飛びそうな卜部の裸体がちらついたかと思うと卜部の身体が急に輝きだし……

気が付くと、椿は夢から覚めていた。

--

「明!もう学校へ行く時間よ」
夢から覚めた俺は暫し、夢も現もつかぬ侭にぼんやりと天井を眺めたまま動けずに居た。
やがて、姉の陽子の声で我に返ると、のっそりと時計を確認する。
午前7時49分。このままでは遅刻確定である。
俺は慌てて飛び起きるとパジャマを脱ぎ捨て、シャツを被りズボンを穿き、リュックを背負うと一階の食堂へ転がり込む。
トースト一枚を口にねじ込んだ俺はコーヒーで胃の中へ流し込み、弁当を姉からひったくると学校まで一直線に疾走する。
合皮のベルトを掛け違えて緩んだままになっていたが締め直す暇もなく、ズボンの裾を掴んだまま疾走する俺はいつもに増して滑稽に視えたであろう。
HRには、ぎりぎり間に合った。

6月1X日。中間テストを疾うにやり過ごした俺達2-Aには気も抜けてだらしない空気が漂っていた。
全部近づいてくる夏のせいである。熱中症対策に天井に掛けられた扇風機は面倒臭そうに旋回し、暑い空気を仕方なく掻き回す。
窓を開けていようと、風の吹く気配はない。ベタ凪とはこのような事を言うのだろうか。
程無くして1限目の点呼が掛かる。

--

授業中。暑さにだれ切った俺は授業もうわの空だ。
あまりにも退屈だったので扇ぎ続ける卜部を眺める。
彼女の白い肌は此処2週間で軽く小麦色に日焼けして、時折袖からその対比をちらつかせている。
そして白い肌がちらつく度に、昨晩の夢を思い出すのであった。
なんて美しい身体なのだろう。しかし服が邪魔だ。たかが布地が此処まで憎い。
今理性を棄ててしまえるなら、卜部をこの手で押し倒して服という服をひん剥いてしまいたい。
いっそ服を消してしまえたらいいのに。俺は、消しゴムを手に取ると視界に入る卜部の服を擦ろうとした。
「……あれ?」
どうした事だろうか、視界の中で消しゴムを擦ると卜部の服が次第に薄くなっていくではないか。
俺は夢中で消しゴムを擦った。確かに擦った部分だけ服が薄くなり露出が増える。
擦る、擦る、擦る……制服が消えると卜部の白い下着が視え、更にその肩紐も消えてしまった。
卜部の頸筋、卜部の鎖骨、擦れば擦る程眩しいばかりに白い肌が曝け出される。
そして消しゴムは卜部の胸にまで達し、その頂に掛かっている布地を消そうとした時……

卜部は、こっちを怪訝そうな瞳で眺めていた。

思わず背筋が寒くなる。身体は硬直しきって手から消しゴムを落としてしまった。
一方卜部は小さく溜息をつくと視線を逸し、再びノートを取り始めた。
卜部の小さく輝く唇は溜息に混じり、か細く「えっち」と俺に囁いた。

--

今日の授業は早く終わった。
放課後、俺はジリジリと照り尽くす炎天下の白いコンクリ橋で卜部に出くわした。
卜部が険のある眼で此方を見ている。「椿くん」と口に出掛かったと同時に
「ごめん、卜部!」
俺は頭を下げた。そしてゆっくりと顔を上げると、卜部は戸惑った表情をしていた。
ところが卜部は少し笑うと「……さ、帰りましょ」とスタスタ歩き始めてしまった。
俺も、慌てて卜部の後を追いかける。

暫く歩き続け、いつもの場所で卜部が立ち止まった。
「椿くん、今日の日課……の前に」
卜部が突然俺の頬をつねる。無理矢理俺の口を開けると指を突っ込んでよだれを掻き取り、その指を眺めてぶつくさと呟いた。
「……椿くんの事だから、また変な夢でも観たんでしょ?」卜部は、渋々と俺のよだれを口に運ぶ。
完全に見透かされていた。卜部と不純行為に陥る夢は幾度と無く観てきたが、卜部から誘い受けする夢はレアケースなのだ。
塔の一室で胸を触らせたり、ホテルの最上階で頭にハサミを括りつけて誘惑したり、とまぁ……今回も凄まじく変な夢だったわけだが。
「……ね、椿くん」卜部は頬を赤く染めて此方に流し目をしてきた。
「は、はい!?」
「今日、何も予定がないなら私の部屋に来て欲しいのだけれど」
「えっ、は、はい喜んで!」俺はまさかの誘いに即答せざるを得なかった。

--

1008号室。
卜部の住むマンションの一室は暗く、少しむわっとする空気で満たされていた。今は誰も居ないらしい。
「さ、上がって」
「お邪魔します」俺は、玄関を上がった。
卜部は俺の手を軽く引く。心なしか手に力が掛かっているような気がした。
否が応でも、と言わんばかりに俺は部屋に通された。
見慣れた卜部の部屋。壁にはSF映画のポスター、棚には沢山の小物が置かれ、コルクボードには小さなカレンダーと……
俺と卜部のプリクラがあった。
卜部がベッドの上に膝立ちになり、窓を開け放す。俺は突然吹き込んできた風に吃驚してたじろぐ。
目を開けると、卜部はベッドの上に寝転んでこっちに視線を向けていた。
「椿くん……こっちへおいで」
「へ?」卜部は、ベッドから手招きして俺を待っている。
俺は言われるがままにベッドに腰掛けると、卜部は俺の腕を掴んでもっと近づいてとねだる。
結局、俺は卜部の脚を跨いで膝立ちした。
「椿くん……あなたが観た夢みたいに、私もあなたに胸を好き勝手される夢を観たの」
卜部は溜息をつきながら口速に告白した。
「もしあなたが望むなら、私の胸を好き勝手して?」

--

まさかの展開に俺は唖然として、口を濁さざるを得なかった。
「でも、卜部……ほ、本当にそんな事―」
卜部が被せて追い打ちを掛ける。
「してくれないなら、私との接触はもうないと思ってね」
『あの時』と同じだ。俺は今、卜部に試されているのだ。
今俺に出来る事は一つ、卜部の誘いを甘んじて受け入れる事だけだ。そして卜部を気持ちよくさせてあげるしかない。
「わ、分かった……」俺は震える手でスカーフの端を掴み、引っ張って緩めると枕元に投棄てた。
制服のファスナーを開く。卜部は俺の顔を覗きこんだまま押し黙っている。
恐る恐る胸元を露わにすると、やはり下着は白だった。
卜部はゆっくり上半身をもたげると制服を脱ぎ散らかし、背中に腕を回してホックを外した。
俺の目の前で、二つの柔らかな果実が露わにされた。
卜部はブラジャーも脱ぎ散らかすとそっと俺の頬を撫でて、静かに微笑った。

--

「さ、どうぞ」
「うん……」俺はそっと両方の乳房に掌を添え、優しくさする。
卜部の胸は僅かに汗ばみ指に吸い付いてくる。
「もっと揉んでていいよ」卜部の口元が緩み、白い歯が俺に訴えかける。
俺は言われるがままにゆっくりと指を埋めては緩め、丁寧に乳房を揉みしだく。
卜部の身体は決して俺を拒むことはない。あの時感じた時より、卜部の胸はずっとずっと柔らかかった。
ふと手の甲に暖かい感触がした。卜部の両手が優しく俺の手を擦っている。
俺は辛抱たまらなくなり、小声で「吸っていい?」と尋ねた。
卜部は小さく頷くと、俺の首裏に両腕を回した。
俺は卜部の胸を枕にするようにそっと身を重ねると、つんと起ったその可愛らしい頂を軽く舌で舐め擦ってから唇を近づけた。
そして口に含むと、柔らかな感触が唇に、歯から歯茎に、じわりと伝わる。
俺はただ、赤子のように卜部の乳首を吸っていた。愛に飢えた子供のように、泣きじゃくるかのようにひたすら乳首を啜る。
卜部の瞼がゆっくりと落ちる。眉をしかめるでもなく、喘ぐでもなく、卜部は優しく俺の後ろ髪を撫でている。
今度はゆっくりと深く、撫でる指の動きにあわせて啜り続ける。

--

ふと視線を卜部に向けると、卜部の顔は微笑っていた。ふと彼女が薄目を開け、視線を合わせる。
「椿くん、おっぱい吸うの上手だね」
大人びた卜部が幼児語を使う事はないと思っていたが、心地良いときだけは別なのだろうか。
まるで、俺は卜部に授乳されているようだった。
今度は、卜部にそっと抱きついて添い寝される形に寝転ぶともう片方の乳首を啜り始めた。
ゆっくりと深く、味わって。卜部の乳首は母乳が出るわけでもないが、ほのかに甘い味がした。
その時、自分はさっきまで吸っていた側の乳房を優しく揉みながら、時折指先で乳首を転がしていた。
卜部が小さく声を漏らす。
「やっぱり、彼氏の愛のあるスキンシップには勝てないかな……」
俺だって勝てないよ。だって卜部、俺の彼女はこんなに甘くて、優しくて、暖かくて―
徐々に思考がおぼつかなくなってきた。
何だか、とても深い夢の中へ吸い込まれるような、気が、して……。

「……あ、おはよ」
気が付くと、俺は卜部の膝の上で寝かされていた。どうやら乳首を啜りながら眠ってしまったようだ。
「え、っと……ごめん、一人だけ」
「ううん、とても気持ちよかった……」卜部は優しく頭を撫でながら微笑っている。
「それに、今回は私もつい引き止めちゃってごめんね?」
「いや、いいんだよ……とても素敵な時間だったし?」
「もう、えっちなんだから……」卜部は微笑いながら頬を染めた。
ゆっくりと首をもたげ上半身を起こす。少し日が傾いて、卜部の髪をオレンジ色に照らしていた。

--

「はい、椿くん。今日の分。」
玄関で俺達は今日の日課を済ませる。
卜部のよだれはいつもに増して甘いが、何故だか急に動悸がしてきた。
「じゃ、また明日」
卜部、行かないでくれ。身体が熱い。
カラダ? いや胸の中か?
以前にも感じた事があるかもしれないが、今回はまた少し違う胸の高鳴りだ。
理由も分からずに、俺は急に卜部に飛びついた。そして……
ムニュ……と、俺の両手は卜部の胸をしっかりと掴んでいた。
「「あっ……」」二人は同じタイミングで声を漏らす。
卜部が急に振り返る。一瞬目を瞑ったのか少し引き攣った目をしている。
や、やめてくれ、そんな目で俺を見ないで……
「う、卜部!これは違う!頼むからパンツハサミは―」
ぴとっ。
「え?」卜部は微笑ったまま指先を俺の鼻梁にあてがった。そして―
俺は何が起こったのか理解できぬまま両手を彼女に取られて卜部の胸に押し当てられると、指を小刻みに動かして揉んでいる。
この感触は―まさか。

--

「卜部……あの、もしかして―」
お互いに頬がじんと紅く染まり、俺は硬直気味に戸惑い卜部は恥ずかしげに笑う。
「あたし……夏の間はノーブラにしようと思うの」
卜部の急な告白に、俺はなんとか状況を理解した。
「え?ノーブラって事はこの下……素肌!?」
「ええ。だってこれからもっと暑くなるでしょ?」
おいおい待てよ。そんな事したら卜部の胸は敏感になりやすいし、それに―
「椿くん、その間触りたいときはちゃんと私に言ってね?」
「アッ、ハイ」
もし卜部が他人から性的な目で見られたらどうするんだよとツッコミを入れたかったのだが。
「椿くん、また明日も学校で会いましょう」
「ああ、また、な……」俺は照れ隠しに手を軽く振る。
制服という一枚のガードだけで甘い誘惑を隠し通すなんて、少し危険な賭けかもしれないが―
これも、『全部近づいてくる夏のせい』である。
帰り道。カラスの啼かない日があろうとも俺が卜部に翻弄されない日はないだろう、と感じた。

それにしても俺の彼女、卜部美琴は夏の間も……謎の彼女、だろう。

【謎の「夏のせいで」 -Fin-】

【謎の「夏のせいで」 -Epilogue-】
「丘さん、今日もごちそうさま」
今日の手作り弁当も丘さんの独創的な出来だった。飲み物のミルクセーキには小さな氷が冷たいまま入っていたのが嬉しい。
私は、お返しによだれを少し丘さんに舐めさせるのだが―
「丘さん、今日は少し特別だから舐めるときは気をつけてね」
「うん―」丘さんはそっとよだれを口に含む。
「―ッ!!?」やはり即効性があったようだ。眼鏡のフレームが熱で融けてしまうのではないかと思うほど顔が紅くなり、そして―
ボフンッ!!
突然丘さんの頭頂部から湯気が上がり、鼻血を噴き出して倒れてしまった。
「丘さん、丘さん!?」私は慌てて彼女を起こして冷たい水筒を丘さんのおでこにあてがった。
「う、うーん……これは少し強烈過ぎたみたいね」
丘さんはなんとか立ち上がる。私は丘さんの鼻血をハンカチで拭き取ってあげた。
「あー……椿くんとは、もっとアブナい関係になっちゃったのね」逆上せたまま丘さんはふらふらと教室までの帰路につく。
……いつもセクハラ攻撃を仕掛けてくる彼女には、やり過ぎだったかもしれない。


【謎の「夏のせいで」 -あとがき-】
お初です。5月に入って急に暑くなったり豪雨が降り出したりとワケのわからない天気ですがいかがお過ごしですか。
一般的にキスより先をしたことないようなカップルがボディタッチなどあり得ない、と見せかけて実は結構ディープな冒険をしている、
そんなトコロにナゾカノの面白さがあるのではないでしょうか。自分は全巻揃えました。
さりとて、ただのファンである事に居ても立ってもいられずナゾカノ巡りをしていた最中、ふとピンクちゃんねるへの入口を発見。
皆さんのSSは大変ゴチになりました。文章の練ではまだまだ劣りますがこれからも精進したい所存です。
ところで、透けブラもいいけれどノーブラを平然とやってのける女の子って可愛いと思いませんか?
とまあ今回はそういうお話でした。