―私の名前は椿明子。
私に生まれて初めての彼氏ができた。
名前を卜部真という―


彼は転校してきて私の隣の席になったんだけど、
とにかく無口で無愛想で変な人。

休み時間はいつも眠ってるし
他の男子とも一切絡むこともないし
こないだの授業なんか突然一人で大爆笑。

そんな変人だけど色々とあって今は私の彼氏。
彼氏なんだけど…何だかいつも振り回されてばっかり…

元はといえば私が彼の涎を舐めちゃったのが始まりなんだけどね。

卜部くん曰く、「涎は椿とおれの絆」らしい。
現に彼の涎無しじゃ禁断症状を起こすようになってしまった私。
そして涎を通じて私の感情まで彼に読み取られちゃう。

初めて彼から直接涎をなめさせられた時は
私が「セクハラ!!」って騒いじゃったけど…

「おれの涎舐めたんだろ?甘かった?」って聞かれて…
確かにあの時は一瞬見えた彼の素顔にドキッとしたのは事実。

でも…だからって他人の涎を舐めたなんて自分の変態行為を認めたくなかった。
だってそんなの恥ずかしいに決まってるじゃない!

だけどとうとう白状させられて渋々彼の涎をまた舐めてみた。
その時本当に禁断症状があるってことを思い知らされた。
そして…彼のことが本当に好きなんだって気付かされたのも間もない内だった。

彼の特徴は涎以外にもう一つ。
それはパンツに挟んであるハサミ。
「ポケットやベルトじゃダメなの?何でパンツ?///」
って初めは動揺しながらも正論を述べたつもりなんだけど…
「何でって…おれはそういう人だから…」の一点張り。

だけどそのハサミさばきは常識はずれの超絶技巧。
ハサミで挟めるものは何でも正確に切り刻んでしまう。
椿の花の切り絵を一瞬で作ったり
この前なんて帰り道に出会った野良犬に襲われた時は
あっという間に犬の毛を丸刈りにして追っ払っちゃった。

私も卜部くんに襲われたらあんなふうに丸裸にされちゃうのだろうか…
でも彼ったらキスどころか手をつなぐのも嫌がるの。
恥ずかしがり屋さんなのかな…それともホントは女に興味が無い!?

それはそれで…(ジュルッ―

「おい、椿」
はっと我に返る。
卜部くんがジトっとした目でこちらを見てる。
(しまった、変なこと想像してる顔見られちゃった…)
二人のいつもの帰り道、もうすぐ日課の場所だ。
「なに考えてたんだ?」
「え?と…特に何も考えてないよ…!」
「ホントか?いつもに増して変な顔してたぞ」
「へ…変な顔なんてしてないもん!失礼ね!」
図星だったので顔を赤くしながらも膨れっ面を作ってごまかした。
「ふーん…なぁ、今日は椿の涎も舐めていい?」
これは、マズい…
「え…今日は…その…たっ体調が悪いっていうか!その…っ!(チュプッ!」
有無を言わさず彼の指が私の口に飛び込んできた。
(ジュポッ
「あ…う、卜部くん…ダメ……」
私の涎を彼はゆっくりと味わうように舐めている。
見てるこっちも恥ずかしくなってきた。
それに合わせるように彼の顔も赤くなった。
しばらくの沈黙を破って彼は言った。
「椿…おれ…そんなシュミないぞ…」
(あああああああああ!!!やっぱりバレたああああ!!!)
自分でもどんな顔してたのか分からないほど動揺し
「バカあああああぁぁぁぁ…!!!」
と叫びながら逃げ去った。
最悪だ。
絶対嫌われた。
変な趣味してるのは自分の方だったんだ。
彼に合わせる顔もない。
明日からどうしよう…
「椿っ!」
「え…?」
気がつくと卜部くんが目の前に立ちはだかっていた。
嘘…いつの間に追い抜いたの…?
「椿…何で急に走るんだよ」
「だって…卜部くん、私のこと変なやつだって思ったでしょ…?」
「思ってないよ…椿の想像の中でおれにどんな役割を演じさせても自由だし
それを咎める権利なんておれにはない。ただ一言だけ言わせてもらえば…」
「おれはお前にしか興味ないんだよ!」

お互いの顔が夕焼け色よりも赤くなった気がした。
「う、卜部くん…」
「日課…まだだったよな、その証拠見せるからちょっと待って」
彼はカバンを置いた。
何を始めるつもりだろう?
片手を地面に添え、もう片方の腕を上方に伸ばし低く構えた。
その直後。
ギュルギュルギュルギュル!!
ものすごいスピードで彼はスピンし始めた。
そしてピタっと止まった彼の顔はさっきよりもさらに赤くなっている。
「椿…今日の分だ…」
涎を絡ませた指がこちらに向いていた。
「う、うん…」
パクッ
甘い……!!?
彼の涎を舐めた途端、胸がギュッと締め付けられた。
心臓がバクバクする…身体の中からカァァッと熱くなってくる。
「な…なにこれ!?すごくドキドキする…」
「これが…さっき言ったことの証明だ。それじゃ、また明日な」
カバンを拾って彼は風のように走り去って行った。
「これが…彼の私にしか興味が無いことの証拠…?」
まだ胸の高鳴りは止みそうにない。
よく分からなかったけど彼の気持ちがすごく伝わった気がして嬉しかった。

……まぁそういうワケで
私の彼氏、卜部真を一言で言うならば―
「謎の彼氏?」…なのかな?

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