「椿くん、あったかい?」
卜部の両手がおれの顔を優しく包み込む。
冷たい風が吹き荒ぶ中、おれたちは冬限定の日課で暖を取っている。
卜部は冷え性だ。
よだれを介して卜部は自分のガーターベルト姿のイメージをおれの脳内に送り込む。
それによって反応したおれの興奮エネルギーを含んだよだれを卜部が舐める。
するとそのエネルギーが卜部の手を温めるという何ともエコロジーな日課である。
「うん、あったかいよ」

それにしても最近のよだれには少しばかり違和感を覚えている。
悪い意味ではない。
いつもの極上デザートにちょっとした何かが加えられているような…
なんだろう、味が違うでもない…ちょっとミントを添えただけのような感じではあるが…

「どうしたの?椿くん、難しそうな顔して」
「ん?い、いや何でもないよ!それよりさ、ティッシュ持ってない?」
「あるわよ…はい、これ」
「ありがと、ちょっと鼻が出そうになってさ」
勢い良く鼻をかむ。
「椿くん、寒いんだからマフラーしてきた方がいいわよ」
「ああ、明日からそうするよ」
「それじゃ椿くん、また明日ね」
卜部が去ったあと、おれは足元に落ちている何かを見つけた。
「これは…」
リップクリームだ。
さっきポケットティッシュを出した時に卜部が落としたのだろうか。
すぐに呼び止めて渡そうと思ったがあることにピンときてしまって返しそびれた。
「最近の違和感の正体はこれか…」

その日の晩。
おれは部屋のベッドに寝転がって卜部のリップクリームを眺めていた。
お年頃の男子が好きな子のリップクリームを手にして思うことはただ一つだろう。
「卜部と間接キス…ちょっと…くらいならバレないよな…」
自分でも変態的行動であることくらいは自覚している。
だがお年頃な好奇心はそんなことをお構いなしに実行力を持たせるものだ。
「…つけてみたものの…まぁ、普通のリップクリームだな…そりゃそうだけど…」
さすがによだれが付いているわけでもないので特別なことは何もなかった。
「…何やってんだか」

「卜部、昨日これ落とさなかった?」
「あ、ないと思ってたらやっぱり落としてたのね…ありがと、椿くん」
「い、いや…どういたしまして…」
「あ、椿くん?」
「は…はいっ?!」
まさか…使ったのバレた…?!
「椿くんの唇も少しカサついてるね、つけてあげよっか?」
「え?え?」
そう言って卜部はちょっと多めにリップクリームを自分の唇に塗り始める。
「はい…椿くん…」
卜部はおれの首に手を回すと同時に顔を急接近させた。
「う、卜部…?…んっ…」
卜部の柔らかい唇がおれのカサついた唇に潤いを与える。
唇全体にクリームが行き渡るように卜部は唇を滑らせた。
そして卜部の舌がおれの唇の間を割って入ろうとしたところで…
チュン…チュン…
「…夢か……」
…このリップ…返すのもったいないかな…
いやいや、それはさすがにダメだろう。
「…ちゃんと返そう」

帰り道。
「卜部、昨日これ落とさなかった?」
「あ、ないと思ってたらやっぱり落としてたのね…ありがと、椿くん」
「い、いや…どういたしまして…」
「あ、椿くん」
「は…はいっ?!」
こ…この展開はッ…!
「椿くんに…リップクリーム…つけてほしいな…」
逆バージョンキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
「お、おれが…!?」
「うん…嫌ならいい「つけます!」…」
おれはリップクリームのフタを取り、おれの唇に…
「ちょ…ちょっと椿くん!?“私に”塗ってほしいんだけど…」
あ、ですよね☆
「ご、ごめんごめん…勘違いしてた…ハハ…」
そして改めて卜部の唇に近づく。
(う…卜部、こうして見るとキス顔じゃないか…)
卜部は目を閉じておれに塗ってもらうのを待っている。
(このまま…キスしちゃったら怒るかな…)
卜部の無防備な顔を見ていたら心臓がバクバクしてきた。
お年頃な好奇心がまたおれに勇気を与えようとしている。
(う…卜部っ…!!)
その瞬間、卜部の右手にいつの間にかスタンバイされていたハサミがおれの視界に入った。
…いかんいかん!危うく致命的カウンターを食らうところだった…
おれは言われた通り、卜部の唇にリップクリームを塗ることにした。
「卜部…ちょっと顔支えるぞ…」
「うん…」
卜部のすこし冷たい頬に左手をそっと添えた。
(か、可愛い…)
無防備すぎる卜部のキス顔(実際は完全に迎撃体勢なのだが)にそっとクリームを当てる。
「こ…これくらい…?」
「うん、ありがと」
「はい、これ」
リップクリームは持ち主に無事(?)返された。
「ねぇ椿くん…椿くんのあったかい手に触られるのって…何だかすごく気持ちいいね」
卜部…その台詞も…何だかすごくエッチです… 

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