椿は悩んでいた

ここ数日、卜部だと思っていた子は実は今井百夏(多分)で
ということは自分はここ数日、卜部以外のよだれを舐めていたことになる

(知らなかったとはいえ、卜部以外のよだれ舐めちゃってたのはなぁ)

あの早川に誘われた時にも、卜部との絆が崩れると思って我慢したのに
まさかこういう形で別の子のよだれを舐めちゃうなんて
絆が崩れたとは思わないが、それでもショックだ

(やっぱりよだれ以外にももっとこう、絆が深まるような行為はするべきじゃないのか?)
(例えばキスとか...『あんなこと』...『そんなこと』...とか?ああいかんいかん!)

軽い禁断症状が出ているのだろうか
変なことばかりが椿の頭を悩ませていた

ちらりと卜部の方を見たが、相変わらず表情は見えず、なにを思っているのかは分からなかった

二人はいつも通り帰路を歩いていた
いつも通り、特に会話をすることもなく歩いていたのだが、今日に限ってはどこか気まずさが混じっていた

それに耐えかねてか、ただ口が寂しかったのか、卜部はアメ玉を1つ胸ポケットから取り出すと
慣れた手つきで包みを開け、中身をポイと口の中へと放り、コロコロと舐め始めた

ふと、卜部が視線を横にずらすと、少し物欲しそうな目で椿がこちらを見ていた

「椿くんもアメいる?」

椿はちょっと驚いたような顔をして
「あ、うん。 ちょうだい」
と、素直にいただくことにした

それを聴いて卜部は、胸ポケットから1つアメ玉を取り出すと、それを椿に渡...そうとしたが手を止め
代わりに、そのアメ玉も包みを開けて口の中に入れてしまった

思わず、え?と固まる椿

そんな椿の前に、タッと卜部が立ちふさがった

「う、卜部...?」

「...ねえ、椿くん」

「な、なに?」

「今わたしが舐めているアメはハチミツ味とレモン味の2つなんだけれども」

「...椿くんは、どっちの味のアメが舐めたい?」

心臓が高鳴り 体が火照ってきて 顔が赤くなる

(これは夢か?)

椿は、以前見た夢を思い出していた
ちょうどさっきみたいに、『キスがしたい』と思っていたときに見た夢だった
でも、今この瞬間は、あの夢よりもっと...謎だった

「あの、卜部...それってどういう意味...?」

「どう、って、そのままの意味よ」

「ああそう...」
(そういう意味で言ったんじゃないんだけど!)

「はやくして アメが溶けちゃうわ」

催促を受けて
「は、はい! えと、じゃあ、レモン味を」
無意識に甘酸っぱい方を選んだ椿


「ん」
それを聞いた卜部は、口から1つ、レモン味のアメ玉を取り出した
それはちょっとだけ小さくなって、よだれに濡れて艶めいていた

「椿くん、口開けて」
卜部に言われるがまま、口を開ける椿
その開いた口に、卜部はそっと、指ごとアメ玉を差し入れた

(うわ、甘)

レモン味なのにこんなに甘いのは、卜部のよだれのせいだろう
でも、それにしても甘い 久々の日課にしても甘すぎる

(まさか、卜部は...いや、卜部も)

「卜部、あの」
「椿くん、美味しい?」
椿の言葉を遮るように、卜部が問いかけてくる

「あ、ああうん 甘くて美味しいよ...」

「そう でも、もっと甘いのがあるわ」

「え?なに」パン、と椿の口に、卜部の指が再び差された
そこから、レモン味のアメ玉を抜き取る卜部

そのまま、自分の口に指を運び、入れる

次に口から離した指には、レモン味ではなく、ハチミツ味のアメ玉が掴まれていた


「はい、ハチミツ味」

そしてまた、今度は椿の口に入るハチミツ味のアメ玉
(うあ...なんだこれ、すごい...)

口に残るレモン味、それと混ざって複雑に甘いハチミツ味のアメ玉
いや、もはやハチミツですらぬるいほどの、強烈でやわらかい甘さ
まさしく卜部の味だった

椿が甘さを堪能していると、おもむろに、パタパタと液体の落ちる音がした
はっと下を見ると、血が転々と、卜部の足下に跡を残していた

「卜部、血が...!」

やはり、と椿は思った
卜部も興奮しているのだ
しかし、なぜ

そう思っている矢先、卜部がこちらを見て
「椿くん、あなたも...」
と言った

へ?と鼻の下をさわると、ぬるりとした感触と生温さが手についた

「あ、おれもか...」

椿はなんとなく、手についた血をじっと見つめた
すると、なんだかこの状況がとんでもなくおかしいということにじわじわと気がつきだし
ついには、我慢できずに噴き出した

「急に笑って、どうかしたの?」

「いや、なんか、おれと卜部が向かい合って、お互い鼻血を出していると思うと」
「なんだかすごく、変だなぁって思って!」

卜部は、少し考えるように俯いた後
「そうね、確かに 変だね」
と微笑んだ

「ごめんね椿くん」

アメも舐め終わり、気持ちも落ち着いたころ、卜部はそう言った

「ごめんって、なにが?」

「わたし、今日はちょっと変な気持ちで、その気持ちを確かめるためにあんなことをして」
「結果的に、椿くんに鼻血を出させてしまったわ」

「まあ、これくらいの鼻血平気だよ」

卜部は、そう、と少しだけ安堵した様子だった


「卜部、その『変な気持ち』ってなんなの?それと卜部が興奮してたことってなにか関係が...?」
なんとなく、胸に残った疑問を問いかける椿

しかし卜部は、「なんでもないわ」と、顔を赤くしたきり黙ってしまった


卜部は悩んでいた

あの時、今井百夏に

「さっさとキスしなさいよ」「せっかくの恋人同士なんだから」

と言われた時から、どうにも心が落ち着かない

(わたしたちにはわたしたちのペースがあるのに)

そうは思いつつも、いざ意識してみるとどうにも顔が熱くなる
もちろん、椿くんとはキスも『ああいうこと』もいつかはしてみたい
だけどそれをしてしまうと、なぜだか日常に戻れなくなる気がする
できるならこのまま、もう少し他愛のない日々を過ごしていたいのだが

(やっぱり、わたしってえっちなのかしら...)

今を生きたい、先に進みたい相反する2つの思いがぐるぐると、卜部の頭を悩ませていた

(今はまだ、アメ玉を通してだけど)
(いつかはきっと...直に触れてみたい 触れてほしい)
(その時まで、この気持ちは椿くんには内緒)
(たとえペースがゆっくりだとしても...)

いつかくる未来に思いを馳せる卜部


椿も、事情こそ飲み込めなかったものの

(それにしても、積極的な卜部もやっぱり可愛いな)
(おれももっと積極的になろうかな、なんて)
(そして、いつかはパンツ・ハサミの発動しなくなるまで!)
(よし!よし!いつかのためにおれも頑張ろう!)

やはり、未来に思いを馳せるのであった

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