卜部をハメてみた
と言うより、卜部がハマった

いつだったか上野に勧められた「滑り込む猫」という動画を見て以来
僕は卜部を、卜部が箱に入っている姿を見てみたいと思うようになった
以来着々と準備を進め、いよいよ今日が作戦決行の日である

帰りの道中、自宅に来てくれないかと卜部を誘った
勉強を教えてくれと頼むと、少々渋ったが承諾してくれた
思わずガッツポーズを取りたくなったがぐっと我慢
あくまで勉強第一といった風に装い、家に戻り自室へと卜部を通した

部屋の扉を開けるとまず視界に入ってくるものがある
人の半身がすっぽりハマれるくらいの長方形のダンボール箱だ
それがポッカリと口を開けて、横になっている

卜部が、これはなに?と質問してきたが答えは濁しておき
それよりも勉強だ、とさっさと用意を始める
釈然としない様子だった卜部も、それはそれといった感じで用意を始めた

僕と卜部ではあまり学力に差はない、と思うのだが
卜部に勉強を教えてもらうとスイスイと頭に入ってくる
しかし、卜部の方はというとそうでもないらしい
勉強を始めて幾ばくもしないうちから箱の方をチラチラ窺っていた
誰が見ても、箱に興味があるのは明白だ

頃合いとみて次の行動にでる
休憩を申し出て、飲み物でも持ってくるよと僕が部屋を出る
そうすることで、卜部を部屋で一人にさせてみるのだ
誰も見ていない状況で果たして卜部は箱に滑り込むのか?
僕は飲み物を取りには行かず、扉の前で聞き耳を立てる

部屋を出てから十数秒、卜部が動く音がした
後に、トントンと箱を叩く音がした
強度を調べているのだろうか?

ちなみにその箱は強化ダンボール製、耐水性耐衝撃性に優れているやつだ

やがて叩く音が止み、静寂が訪れる

人として過ごすか、獣として滑り込むか
卜部の葛藤が扉越しに伝わってくるようだ

そして、静寂を破るかのように
卜部の立ち上がる音が聞こえた

小さな足音がいくつかあり、一瞬おいて軽快な踏み込み
そして、絨毯とダンボールと、卜部の擦れる音

滑り込んだと確信するやいなや、僕はたまらず扉を開ける

卜部!

そこにいたのは、まさに動画で見た猫そのもの
上半身がすっぽり箱に収まり、下半身はだらしなく足が開いている
通常ではおよそ理解不能なポージングで、それでいて漂う満足げなオーラ
これが僕の彼女、卜部美琴だというのだ

卜部、もう一度名前を呼びかける
しかし意外にも彼女は動じず

ごめんなさい、とだけ言った

なぜ謝ったのか僕には分からない、むしろ謝るのは僕の方だ
彼女を獣にまで追い込ませたのは僕の方なのだから

居心地はどう?と聞くと、気分がいい、と返ってきた
どうして入ったの?と聞くと、そうしなきゃならないから、と返ってきた
猫っぽいね、と聞くと、そうかも、と返ってきた

そうした受け答えにも、彼女は終始動かないまま
箱に隠れて表情も見えず

僕は本当に、彼女のなにかが変わったのではないか、と
そう考えると少し悲しくなり、目から涙がこぼれた

                                            
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